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妊娠中って運動しても大丈夫?どれくらい運動してよいの?産婦人科医が解説します

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

妊娠すると、周りの人に「無理しないでね。お大事にね。」とよく言われることでしょう。確かに無理は禁物ですが、安静にしていることだけが、妊娠や赤ちゃんにとって良いわけではありません。

特に合併症もなく妊娠経過も順調な妊婦さんであれば、「運動によって切迫流産・早産・低出生体重児・身体的外傷などのリスクが上がる」という報告はなく、むしろ多くのメリットがあることが知られています。(文献1)

では、どのようなメリットがあるのでしょうか。

妊娠中の運動で得られるメリットとは?

運動することは、人生の全ての時期において、心肺機能の増強、肥満やそれに伴う合併症の予防に効果的ですが、米国産婦人科学会(ACOG)は「妊娠している時であっても運動は推奨されるべき」と提唱しています。(文献2)

妊娠中の運動によるメリットは以下のようなものがあります。(文献2)

・妊娠中の過剰な体重増加の予防

・妊娠糖尿病・妊娠高血圧症などの妊娠合併症の予防

・帝王切開率の減少(経腟分娩率の増加。主に一部の難産の減少による。)

・早産率の低下

・低出生体重児の減少

・産後うつ予防

これまでの研究では、合併症のない妊婦(正常範囲の体格、単胎妊娠)が適切な運動を行ったことによって、合併症の発生リスクが妊娠糖尿病で49%、妊娠高血圧症で18%、帝王切開で18%低下し、逆に経腟分娩率は9%上昇したという報告があります。(文献1)

また、運動によって、腰痛や座骨神経痛などの痛みが軽減したという自己申告が増えたという研究報告もあります。(文献3)

このように、妊娠中の運動はたくさんの良い効果があるのです。

日本の妊婦さんの運動状況の現状について

以前行われた妊婦の運動習慣の有無に関する日本の調査では、「初産婦」の方が68%と「経産婦」の38%よりも多く 、「専業主婦」の方が40%と「仕事あり」の24%よりも有意に多いという結果になりました。(文献4)

このように、運動をしなくなる要因として、下のお子さんに手間がかかったり仕事で忙しいことが挙げられますが、妊婦さんに対する意識調査によると、運動しない理由として、「妊娠中の運動はこわい」「一緒に運動をする仲間がいない」「興味がない」などの意見もあるようです。

家事・育児・仕事で忙しく、運動時間を確保するのが難しい場合もありますが、まずは「運動が妊娠に良い効果をもたらす」ことを正しく知ることが、運動への意識を変えていく第一歩かもしれません。

妊娠中の運動量について

アメリカやカナダの関連学会によると、特に合併症や経過に問題のない妊娠中や産後の女性に対して、1週間に合計150分間以上の中程度の強度の有酸素運動(例えば、1日30分以上週5で運動する、など)を行うことを推奨しています。(文献5、6)

中程度の強度の有酸素運動の目安としては、「運動中に会話は出来るが歌は歌えないくらい」がわかりやすいでしょう。

なお、妊娠前からすでに中程度の強度の運動をしていた場合は、医師と相談しながら、妊娠中や産後も続けて良いと提言されています。

ただ、妊婦さんの状況や妊娠経過によっては運動ができない場合や制限が必要な場合もあるため、運動を始める前に医師に相談しておきましょう。

妊娠中に推奨されている運動の例(文献7)

・ウォーキング

・サイクリングマシン

・エアロビクス体操

・ダンス

・ダンベルやゴムバンドを使った抵抗運動

・アクアセラピー

・水中エアロビクス

なお、なかなか外に出かけにくい社会状況では、自宅での運動方法もぜひ知っておきたいもの。

こちらの記事をぜひご参考にしてください。

産婦人科オンラインジャーナル 「妊娠中の運動について~安産に向けて自宅でできる簡単エクササイズ~」

妊娠中の運動で注意することは?避けるべき運動は?

妊娠中は特有の身体的・機能的変化が起こっていることや、おなかの中の赤ちゃんを守る存在であることから、運動中に気をつけることや避けるべきスポーツがあります

まず、脱水や高体温に注意しましょう。

例えば、脱水は妊婦さんの起立性低血圧(立ちくらみ)を起こしたり、赤ちゃんの頻脈などの原因になります。高体温は発汗を促し脱水状態を悪化させてしまいます。

一般的に、運動を行う時は、脱水や高体温にならないよう外気温や湿度に気をつけて、外気温の調節・水分補給・締め付けない発汗性の良い衣服を着るようにしましょう。

そして、以下のスポーツは妊娠中に避けるようにしましょう(文献8)

・人と接触する可能性のあるスポーツ(サッカー、バスケットボール、ボクシングなど)や転倒のリスクがあるスポーツ(スキー、体操、不安定な道でのサイクリング、乗馬など)

・スキューバダイビングや標高が高い山の登山

・高温・高湿度の部屋で行うホットヨガやホットピラティスなど

もし運動中に以下のようなサインがあった場合、ただちに運動をやめてかかりつけの医師に連絡をしましょう。(文献8)

・性器出血

・腹痛

・定期的に生じる痛みを伴うお腹のハリ

・腟から水のようなものが流れる(破水の疑い)

・安静時の呼吸困難

・治らないめまい

・頭痛

・胸痛

・急な筋力の低下

・ふくらはぎのむくみや痛み

いかがでしたか?

このように、ほとんどの妊婦さんにとって、運動を行うことでより健康的な妊娠生活を送ることができるのです。

注意事項を守り、医師と相談しながら、自分に最適な運動方法・習慣を取り入れると良いでしょう。

参考文献:

1. Wang C et al. Am J Obstet Gynecol vol. 216, 2017 pp.340-51.

2. ACOG Comittee Opinion. Physical Activity and Exercise During Pregnancy and the Postpartam Period.

3. Marín-Jiménez N, et al. Scand J Med Sci Sports. 2019 Jul;29(7):1022-1030.

4. 鈴木史郎ら. 産婦の進歩 2006 第58巻2号 pp.120-129

5. CDC. How much physical activity do adults need?

6. 2019 Canadian guideline for physical activity throughout pregnancy.

7. Vincenzo B et al. AJOG 2017 pp.335-337

8. ACOG FAQ. Exercise During Pregnancy.

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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